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   光で黒くなる色素は?
 

 

 
 食用色素には光が当たると脱色して白くなるものが多いのですが(光酸化 Q&A65)、光で黒くなるものはありません。赤や青などいろんな色がありますが、白と黒は色ではありません。白は光の全ての波長を反射するもの、黒はすべての波長の光のを吸収するものです。

光が当たると黒くなる?


 もし、光で黒くなる色素があれば、黒い色素は全ての波長の光を吸収するので、表面だけが黒くなり、光による反応はそれ以上内部には進みませんので、内部は白いままです。このような光で黒くなる物質は、このQ&A24に出てきたメラニン(melanin)と黒白のフイルムQ&A23です。

光が当たると脱色する色素

 一般的に色素は光が照射されると、光酸化反応が起こり脱色され白くなります。このホームページでも、キリヤスレッドRC-Nの光退色実験が掲載されています。

暗所での色素溶液(左)

 

屋外にて45日経過

右に行くに従い、酸化防止剤
ルチンK-2とビタミンCが添加
されている。
  ルチン0.1%(右から二番目)で
は、ほとんど脱色しているが、
0.2%(一番右側)ではほとんど
元の色が保たれている。


 用いた色素はアカキャベツ色素で、アントシアニン系の色素です。アントシアニンの色素成分はアントシアニジ ンですが、無色のロイコアントシアニジンから脱水されて生合成されたものです(Q&A 59)。
 色素に光が当たって脱色する物はそんなに多くはなく、酸化はほとんど酸素によるものです。


黒い色素

 黒い色素としては炭(Q&A 67)、アニリンブラック(Q&A 24)などがあり、以前に説明しました。黒い色素はプリンターの色素として使われます。水に溶ける染料系の黒はアニリンブラックなどですが、現在は耐水性、耐光性のある顔料系のカーボンブラックが多く使われています。
 カーボンブラック(Carbon Black)は、工業的に品質制御して製造される直径3-500nm程度の炭素の微粒子です。油やガスを不完全燃焼させて作ったススです。
 カーボンブラックは導電性や導熱性を付与する材料として、ゴムやプラスチックに加えられます。ゴムのタイヤは伸縮することで熱が出ますので、熱を外部に放出し易くするためにカーボンブラックを加えます。自動車で高速を走った後、ドライブインに入ったときタイヤに触ってみると熱くなっているのが分かると思います。タイヤを白やカラフルの色にすると、熱でタイヤが伸び、パンクしてしまいます。これがタイヤが黒い理由です。
 墨(Indian ink)もカーボンブラックで、奈良の奈良町にある墨屋さんでは、菜種油を燃やして黒いススを集めています。そのススは膠(にかわ)で固めて墨にしています。

 

タイヤにはカーボンブラックが入っているので黒いのです。   墨は菜種油などを燃やした黒いすすから出来ています。

 色素は二重結合を含みますが、その二重結合が連続して長くなると、吸収する光の波長は長くなり、最後には黒くなります(Q&A 61)
 二重結合の数が増えるとHOMOとLUMOのエネルギー差(ΔE)、すなわち吸収のエネルギーが小さくなり、光の波長では長波長に移動するので、黒くなるのです。


 物質に光や熱が当たって、反応が起こり二重結合が連続して生成し黒くなるものがあります。ノーベル賞で有名な白川博士の「ポリアセチレン」は、二重結合が連続したものです。


ポリアセチレン

 二重結合を含むエチレン(Ethylene)が重合するとポリエチレンになりますが、ポリエチレンには二重結合はありません。三重結合のアセチレン(Acetylene)を重合するとポリアセチレンになります。

 アセチレンは金属の溶接などに使われるガスです。アセチレンは熱をかけたり、圧力を加えたりすると反応して爆発しますが、簡単にはポリアセチレンにはなりません。白川先生らは、当時ポリエチレンやポリプロピレンの重合に使われていた、チーグラー・ナッタ触媒を使ってポリアセチレンを合成しました。(Ziegler-Natta catalyst: 四塩化チタンや三塩化チタンとエチルアルミニウムのような有機アルミニウム化合物と混合して作ります: チーグラーはドイツの化学者、ナッタはイタリアの化学者です)

  工業的に重要な素材として黒い炭素繊維(Carbon fiber)があります。炭素繊維は強度が高くまた耐熱性が高い物です。この炭素繊維を骨格としてプラスチックを作ると強力なプラスチックである繊維強化プラスチック(Fiber Reinforced Plastics, FRP)ができます。ガラス繊維、ケブラーなどの強度の高い繊維なども使われます。炭素繊維はアクリル繊維やピッチ(石炭や石油を蒸留して残った残渣)を高温で炭化して作られます。このような強度の強いプラスチックは、自動車や航空機に使われる重要な素材です。
 アクリル繊維であるポリアクリロニトリルを蒸し焼きにすると環状の構造になり、さらに焼いて強い炭素繊維ができます。


ポリアクリロニトリルの蒸し焼きで、炭素繊維ができる。

 

炭素繊維

 

炭素繊維の基本構造


 もっと低温で効率的に作るためには、ポリアクリロニトリルにポリ塩化ビニルやポリ臭化ビニルを混合して蒸し焼きにすると、塩化水素や臭化水素が発生し、それが触媒になって効率的に炭素繊維ができます。ポリ塩化ビニル(塩ビ)は強いプラスチックで、透明なフイルムにしたり、水道管などの成形品、壁紙にしたりしますが、身近な物としてはプラスチック消しゴムがあります。




PVC成形品チューブ

消しゴム

農業用ビニール

ポリ塩化ビニールの用途




 農業用ハウスには、以前はほとんどが農ビとしてポリ塩化ビニールが使われていましたが、使用後に焼却したとき、ダイオキシンが発生する可能性があることから、ポリエチレンなどのポリオレフィン系が多く使われるようになりました。


 古くなったポリ塩化ビニルフイルムを放置すると、太陽光が当たり、酸素があると塩化水素が抜けて、二重結合ができて着色します。しかし、連続した二重結合の生成する反応はそんなには簡単には起こりません。
 ポリ(α-クロロアクリロニトリル)を用いると、その反応が起こりやすくなります。反応がうまく起これば、ノーベル賞の白川博士の黒いポリアセチレンができます。反応は熱で起こりますが、光を当てるともっと効率的に起こります。

 工業的に重要な炭素製品には、フラーレン、カーボンナノチューブなどがあります。また、2010年のノーベル物理学賞は「グラフェン」の研究ですが、グラフェン (graphene) とは、1原子の厚さのsp2結合炭素原子のシートで、炭素原子とその結合からできた蜂の巣のような六角形格子構造をとっています。カーボンナノチューブはグラフェンが筒状になったもの、フラーレンは球状になったものと言えます。


メラニン

 日本人の髪の毛や黒目はメラニン色素ですが、日焼けなどでできますので、光で黒くなるものです。(Q&A 24) メラニンは皮膚の奥深くにあるメラノサイト(melanocytes)で作られますが、1μmの大きさのメラノソーム(melanosome)内で、10 nmの大きさの粒状の色素の固まりとして作られます。メラノサイトで作られたメラニンはすぐに他の細胞に移されて表面に移動しますので、メラノサイトにはメラニンはありません。


 メラニンは日焼けした時にできるものと同じです。メラノサイトは紫外線[UVA(315 〜400 nm)とUVB(280〜315 nm)]による刺激を受け、メラニン粒子を作りますが、この段階ではピンク色です。メラニンは皮膚の表面に向かって移動し、表面に近づくと紫外線 (UVA)の照射を受けて酸化され、黒くなっていきます。若いときにはメラノサイトがメラニンを多く作って髪の毛に供給しているので、髪の毛は黒いです が、年をとると、メラノサイトが弱くなりメラニンの生成が少なくなり、髪の毛はグレイになります。
 メラニンにはユーメラニン(eumelanin)とフェオメラニン(pheomelanin)の2種類ありますが、いずれもアミノ酸のチロシン (Tyrosine)とDOPA(dihydroxyphenylalanine)から作られています(下の化学式)。DOPAはチロシンと酵素のチロシナーゼ(tyrosinase)から作られます。皮膚のメラニンも同じものですが、このメラニンは紫外線吸収剤として生体を紫外線から守る重要な物質です。

2種類のメラニンの合成経路

 紫外線が当たってメラニンが出来、それ以上の紫外線による損傷を抑制します。

 メラニン生成を抑制することは「美白」となるので、そのような化粧品が発売されています。チロシンから「ドーパ」「ドーパキノン」という物質に変化して、最終的にメラニンができますが、この過程 では、チロシナーゼという酵素が大切な役割を果たしています。チロシナーゼの働きを阻害することで、チロシンからメラニンができる反応を 抑制し、メラニンの生成を減らすことができます。チロシンと構造的に類似した物質を用いると、チロシナーゼに結合してその機能を抑制することができます。
 メラニンは生体内でできる物ですが、これを工業的に作る方法が見いだされ、特許になっています。(United States Patent 5,227,459)工業的にメラニンを合成する目的は、これを透明なプラスチックに混合して、サングラスを作るためで、普通のサングラスに比べて、紫外線を遮る効果が大きく、「メラニンサングラス」として有名です。皮膚に紫外線が当たるとメラニンができて守ってくれますが、目に紫外線が当たると、目に障害が起こるからです。
 メラニンは高分子ですが、その構造は複雑で水や有機溶媒には溶けません。植物で作られる黒い物質であるタンニンも高分子でその構造は複雑で、溶けません。工業的に作られるメラニンは分子量は小さく溶媒に可溶な成分だけを取りだしたものです。

メラニンが入ったサングラス

紫外線と皮膚がん

 化粧品などのエアロゾルにはフロンガスが入っていて、それが地球の上の方に上り、オゾン層を破壊して皮膚がんになると言われています。日本は湿度が高いので心配はありませんが、紫外線の強い地中海沿岸やオーストラリアなどでは大きな問題です。そこでは、この地方を旅行するときはサングラスと帽子は必需品です。
 ところで、紫外線が当たるとどうして皮膚がんになるのでしょうか。遺伝子であるDNA
Q&A 50)には、アデニン、グアニン、シトシンとチミン(RNAではチミンがウラシルになっている)があります。このチミンに240 nmなどの紫外線が当たると、光反応が起こり、光2量体ができるのです。でも、健康な人では、この光2量体ができた部分を切断して、新しくチミジンを作る機能があるので、心配はいりません。しかし、紫外線が非常に強いと、チミジン再生機能以上の反応が起こり、光2量体ができてしまいます。光2量体には遺伝子としての機能が無いので、遺伝情報をうまく伝えることができず、異常なアミノ酸が選択されてがんになってしまいます。

 チミンフォトダイマー

 チミン光二量体(チミンフォトダイマー Thymine photodimer)は、240 nm付近の紫外線がDNAに照射されると生成し、逆に280 nmの紫外線がフォトダイマー照射されると、解離します。チミンフォトダイマーは四角形のシクロブタン型で、cis-syntrans-synの二種の異性体が存在します。



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