日本人の髪の毛はほとんど黒いですが、外国に行くといろいろな髪の毛の色をした人がいます。また、最近は日本人でも髪の毛を染めて、いろいろな色の人がいます。髪の毛の色はどうなっているのでしょう。髪の毛を脱色したり染めたりすると、どうなるのでしょうか。
髪の毛はその成分の90%がケラチン(kerachin)というタンパク質で、残りは水分などです。髪の毛の構造を詳しく見てみましょう。髪の毛は三つの層からなっています。一番外側はキューティクル(cuticle、毛表皮)とよばれ、電子顕微鏡写真[*1]でわかるように堅くてウロコ状をしていて、毛の内部を守っています。この層は透明で、髪の毛に光沢を与えています。その内側は、コルテックス(cortex、毛皮質)といわれ、水を含み色素のメラニン(melanin)が粒状になって存在します。コルテックスは髪の毛の太さ、弾力性、強さを決めています。熱いドライヤーを使うと髪の毛は硬くなりますが、これはコルテックスの水分が無くなるからです。髪の毛の一番中心はメジュラ(medulla、毛髄質)で、空気を含んでいます。動物の毛にはメジュラが無く空洞ですので保温性があるため、ウールなどの衣類に使われますが、人間の髪の毛には保温性がありません。
髪の毛の構造と電子顕微鏡写真
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髪の毛の色は、コルテックスにある色素メラニンによって決まります。メラニンは小さな容器の中にはいっていて粒になっていますが、粒が多ければ多いほど髪の毛の色は濃くなります。メラニンにはユーメラニン(eumelanin)とフェオメラニン(pheomelanin)の2種類ありますが、いずれもアミノ酸のチロシン(Tyrosine)とDOPA(dihydroxyphenylalanine)から作られています(下の化学式)。DOPAはチロシンと酵素のチロシナーゼ(tyrosinase)から作られます。皮膚のメラニンも同じものですが、このメラニンは紫外線吸収剤として生体を紫外線から守る重要な物質です。
ユーメラニンは、黒〜ダークブラウンの色素で、人間の黒髪や目の網膜に存在します。約100個ぐらいが連なり(高分子)、タンパク質が結合して網目状になっているので、不溶性物質です。一方、フェオメラニンは、黄色〜レッドブラウンの色素で、赤い髪の毛や赤い羽根に存在します。これは小さな分子でアルカリ水溶液に溶けます(trichromesと呼ばれています)。
2種類のメラニンの合成経路
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メラニンは皮膚の奥深くにあるメラノサイト(melanocytes)で作られますが、1μmの大きさのメラノソーム(melanosome)内で、10
nmの大きさの粒状の色素の固まりとして作られます。メラノサイトで作られたメラニンはすぐに他の細胞に移されて表面に移動しますので、メラノサイトにはメラニンはありません。
メラニンは日焼けした時にできるものと同じです。メラノサイトは紫外線[UVA(315 〜400
nm)とUVB(280〜315 nm)]による刺激を受け、メラニン粒子を作りますが、この段階ではピンク色です。メラニンは皮膚の表面に向かって移動し、表面に近づくと紫外線(UVA)の照射を受けて酸化され、黒くなっていきます。若いときにはメラノサイトがメラニンを多く作って髪の毛に供給しているので、髪の毛は黒いですが、年をとると、メラノサイトが弱くなりメラニンの生成が少なくなり、髪の毛はグレイになります。
皮膚の構造
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髪の毛の脱色に用いられる薬品は、酸化作用がある過酸化水素(hydrogen peroxide)で、ルミノール反応にも使われます。メラニンが過酸化水素で酸化されると、色素の粒子が小さくなり、最後には下のような化合物になり、無色になります。メラニン粒子は完全に分解されなくても、光の波長(400-700
nm)より小さくなれば無色になります(次のQ25参照)。カメレオンや蛸が一瞬にして色を変えるのは、大きな色素の粒を小さな粒に変えるためです。大きな粒子は色がついていますが、小さな粒子では色が見えません。
メラニンの過酸化水素による分解
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脱色剤には一般に安定剤としてアンモニアが入っていますが、アンモニアはどのような働きをしているのでしょうか。髪の毛に弾力性があるのは、キューティクルのせいです。キューティクルは、-S-S-結合で、コルテックスにゆるやかに結合しています。この-S-S-結合は、タンパク質には多くあるものですが、アンモニアのようなアルカリによって切断されます。アルカリで-S-S-結合が切断されると、キューティクルが浮き上がり、メラニンが取れやすくなります。アルカリ性の石けんでシャンプーをすると、同じことが起きますので、後で酸のリンスが必要なのです。切断された-S-S-結合は、酢酸や塩酸などの酸により元の-S-S-結合が再生されます。これで、髪の毛の黒い色素であるメラニンが取り除かれましたので、次は好みの色素で髪を染めることができます。
アルカリによる-S-S-結合の切断
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髪の毛の染料(hair dye)には三つのタイプがありますが、日本語と英語では違うので混乱しますので、併記しておきます。三つの種類とは、(1)永久的ヘアカラー(permanent
hair colors: 染毛剤/医薬部外品、ヘアダイ)、(2)半永久的ヘアカラー(semi-permanent
hair colors: 染毛料/化粧品、ヘアマニキュア)、(3)一時的ヘアカラー(temporary hair
colors: 染毛料/化粧品、カラースプレイなど)です。永久的ヘアカラーはさらに、酸化染毛剤(oxidation
hair dyes)と進行性染毛剤(progressive hair dyes)の2つに分けられます。
酸化染毛剤はA, B2液からなり、(A)は染料中間体、アルカリ剤(アンモニア水)、界面活性剤などで、(B)はふつう6%程度の過酸化水素の水溶液やクリームです。これらの液は、使用前に混合して使います。液体は即効性ですが、クリームは遅効性です。上で述べたように、アンモニアがキューティクルを浮かせ、過酸化水素がメラニンを分解し、染料中間体が内部に進入して、酸化されて染料になります。髪の毛の脱色、染色の過程は次のようになります[*2]。
ヘアカラーの染毛メカニズム
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酸化染料とは繊維の染色によく使われるもので、染料中間体が繊維に付着し、そこで酸化されて染料になるものです。代表的なものに、アニリンブラック(aniline
black)があります。アニリンブラックは本来アニリンが酸化されてできる黒い染料ですが、安定性が悪く緑色に変化するので、p-フェニレンジアミンやp-アミノフェノールなどが加えられます。
酸化染料アニリンブラック
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進行性染毛剤は、活性物質として、鉛やビスマスなどの金属を微量加えたものです。色の変化は緩やかで、薄い茶色から黒色へとゆっくり色が変わっていきます。
半永久的および一時的ヘアカラーは、合成染料の溶液で、染料が髪の毛の表面やキューティクルの隙間に吸着します。染料ですので、いろいろな色に染めることができますが、シャンプーによりとれてしまうという欠点があります。使用可能な合成染料は化粧品用に認可されたものです(アメリカ食品・薬品局のホームページをご覧ください:http://www.cfsan.fda.gov/~dms/opa-col2.html)。主な法定色素の構造を下に示しました。
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黒色401号(Naphthol Blue Black)
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紫色401号(Alizurol Purple)
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赤色106号(Acid Red 52)
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黄色203号(Quinoline Yellow WS)
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ここでは、簡単に脱色と染色の原理を示しました。実際のヘアカラーには、これ以外に様々な薬品が添加されていますので、薬品の性質についてはそれぞれお調べください。またここに書いたヘアカラーの分類や名称については通称と異なる場合がありますので、ご注意ください。ヘアカラーの詳細については、ホーユー株式会社のホームページをご覧ください。
[*1] 国立科学博物館、http://www.kahaku.go.jp
[*2] ホーユー株式会社、http://www.hoyu.co.jp
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