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   目はどうして色が分かるの?
   


 人間の目で見えている色は本当にその物質の色なんですか?どうして色が分かるのですか?
 色んな波長の光である太陽光がリンゴに当たり、反射してくる光を目で見て、「これがリンゴの色だ」と思っています。リンゴから反射される光の強さを光の波長ごとに描いたスペクトルが、本当の色です。しかし、光の強さをどのように測定するかが問題です。目はどのようにして色を認識するのでしょう。

目と光
 目の構造については、前のQ 51で説明しました。光情報は角膜→瞳孔→水晶体→硝子体を通り、網膜で受容されます。光は角膜と水晶体で最も大きく屈折します。眼球に入る光の量は瞳孔の大きさを変えることによって調節されます。

網膜の構造

 光を感じる網膜は厚さ約120ミクロンで、8層構造をしています。光を感じる視細胞には明暗を認識する桿体細胞(Rods)と、色を認識する錐体細胞(Cones)があります。網膜には約500-600万の錐体細胞、1.2−1.4億の桿体細胞があります。明暗に敏感な桿体細胞は1光子(photon)でも感じますが、色を感じる錐体細胞は100光子以上が必要で、鈍感です。大量の視細胞に対して、神経節細胞は100万、視神経繊維の数は120万程度しかありません。これより網膜内で複数の視細胞が1つの視神経繊維に結合し、シグナルが統合されていることがわかります。

桿体細胞(Rods)と錐体細胞(Cones)

 桿体細胞は薄く細長い細胞(50 x 3μm)で、光が当たる上側の光感受性の棒状の部分にはコインを積み重ねたような扁平な膜様があります。この膜様空胞には、ロドプシン(rhodopsin)が含まれています。このロドプシンは分子量約40,000の球状蛋白で、光の作用によって反応します。
 錐体細胞は、細長い細胞(60 x 1.5μm)で、先端は円錐状の形をしています。円錐部には、やはりコインを積み重ねたような空胞があり、ヨードプシン( iodopsin)を含んでいます。

ロドプシン
 網膜の桿体細胞にはロドプシン(Rhodopsin)という物質が含まれています。ロドプシンはオプシン(Opsin)というタンパク質とビタミンAであるレチナール(Retinal)の複合体です。桿体細胞には500 nmの光を最も吸収するロドプシンが分布しています。
 オプシンは7本のらせん構造を持っていて、膜の上下を7回行き来している膜貫通型のタンパク質です。ロドプシンでは、このオプシンがレチナールと結合した構造をして、レチナールがフリーで存在するのではありません。光により次のように進行します。
 (1)オプシンと結合したレチナールは、初めはシスレチナール(11−cis-rechinal)の形をしています。
 (2)光はレチナールの構造をトランスレチナール(all-trans-retinal)に変え、分子の形が変わります。するとタンパク質の形も変わり、レチナールはオプシンと結合できなくなり、結合が外れレチナールは細胞質中に出ます。
 (3)細胞質中、暗所でトランスレチナールはシスレチナールに戻り、再びオプシンと結合できるようになります。

オプシン+レチナール

レチナールの光異性化反応

 シスレチナールからトランスレチナールに変わると、分子の形がどのように変化するのかを、分子モデルで示すと次のようです。シスレチナールはオプシンタンパク質に囲まれていましたが、トランスになると分子の形が変化し、オプシンの中に入れなくなり、オプシンから離れてしまいます。

シスおよびトランスレチナール

トランスに変化するとオプシン(緑色)から離れてしまう

 レチナールはビタミンAですが水に溶けにくい脂溶性で、ウナギ,レバー,牛乳,チーズ,バターなどの乳製品や魚などに含まれています。しかし、ビタミンAは過剰に摂取すると過剰症がでるので注意が必要です。一方、体内でビタミンAに変わるプロビタミンAのβ-カロテンは動物にも植物にも存在し、このような過剰症がないことが知られているので,ビタミンAの摂取としては,ビタミンAおよびカロテノイドそれぞれから半量づ つとることが望ましいとされています。カロテノイドを多く含む食品は,カボチャ,人参やホウレン草などの緑黄色野菜があります。
 βカロテン(carotene)はニンジンなどに含まれる色素ですが、真中の15-16の二重結合(緑の矢印)で切れると、ビタミンAのレチナールになります。ビタミンAとはレチノール(retinol、アルコール), レチナール(retinal、アルデヒド), レチノイン酸(retinoic acid、酸)の総称です。

β-カロテンとビタミンA(retinal, retinol, retinoic acid)

 カロテノイドには色んなものがありますが、すべてがビタミンAに変わるわけではありません。例えば、トマトのリコピンはカロテノイドですが、ビタミンAにはなりません。両端の環状構造が重要です。

いろいろなカロテノイド色素

ヨドプシン
 錐体細胞には3種類のヨドプシン(Iodopsin)があります。ヨドプシンはレチナールは共通ですが、結合しているオプシンはアミノ酸配列が違い、青(437 nmに吸収のピーク)、緑(533 nm)、赤(564 nm)の3種類があります。これら3種の錐体細胞によって色を感じることができます。人が見える色は赤、青、緑の3種類の色の混合です(3原色)。

 β-カロテンの吸収は497, 466 nmですが、分解してビタミンAになると、トランス形のレチナールは368 nm, シス形の11-cisが365 nmです。したがって、このままでは可視光線の受容体にはなれません。下で述べるバクテリオロドプシンでの研究(Anil K. Singh and D. Manjula, Photochemistry and Photobiology, Vol. 78, No. 5, pp. 503-510.)では、レチナールがオプシンタンパク質のリジンアミノ酸(Lys)に結合してシッフ塩基(-CH=N-)を形成し、なおかつプロトン化することで可視光線の光を吸収するようになるのです。レチナールはアルデヒド(-CHO)ですから、アミノ基(-NH2)とシッフ塩基を作りやすいのです。

レチナールがシッフ塩基でオプシンに結合し、プロトン化すると、可視光線を吸収するようになる。

 人間の光受容体は、437 nm, 533 nm, 564 nmに吸収があるRGBです。いずれもレチナールがオプシンタンパク質に結合したものですが、レチナールが結合した部分のタンパク質の構造が異なるために、このような3つの色を吸収することができるようになっているのです。他の動物では人間とは異なっていて、例えば鳥(ムクドリ)では、さらに362 nmの色もあって、人間よりも波長の短い紫外線に近い光も認識できるようである。

光受容色素のスペクトル

バクテリオロドプシン(紫膜)
 塩田などで紫色に美しく輝いている場合があります。このような紫色は細胞膜に紫色の構造体をもつバクテリア(高度好塩菌:塩濃度の高いところで生きている菌)によることが明らかにされました。紫色の本体は色素タンパク質で、その構造が動物の視物質ロドプシンに非常に良く似ていることからバクテリオロドプシンと名付けられました。
 バクテリオロドプシンは、細長い形をした棹菌の一種である好塩菌の細胞膜に、パッチ状に分布しています。バクテリオロドプシンに光が当たると、光反応を起こして黄色に脱色し、またもとの紫色の状態に戻ります。この一連の反応は光化学反応サイクルと呼ばれています。この過程でプロトン(H+)が細胞の外側に送り出され、内側と外側にプロトンの濃度勾配ができます。菌はこの勾配を利用してATP(アデノシン三リン酸)を合成したり、べん毛を動かして移動することができます。バクテリオロドプシンの持つ2つの機能、可逆的フォトクロミズム(光で色が変わること)と先駆動プロトンポンプ機能は工学的応用の観点から重要な分子機能です。
 ロドプシンでは11-cis体が異性化してtrans体になりましたが、バクテリオロドプシンではall-trans体が13-cis体に変化します。

バクテリオロドプシン

バクテリオロドプシンの光反応

 動物のロドプシンは、網膜にある光を感じる視物質でオプシンタンパク質とビタミンAでできています。このような動物のロドプシンは一度光が当たると分解してしまい、応用を考えた場合、不安定で実用的ではありません。その点バクテリオロドプシンは、一度光が当たっても分解せずに再生するため、培養した好塩菌から明るいところで容易に単離できます。また非常に安定ですから、バイオ素子実現に向けてきわめて有力な材料となります。バクテリオロドプシンの可逆性は、レチナールがall-trans体から13-cis体に変化しても分子の形があまり変わらないためと思われます。

 

   
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