トマトケチャップは液体でしょうか、それとも固体でしょうか?
ケチャップは瓶やプラスチックのチューブに入っています。逆さにしても出てきませんので、固体のようですね。しかし、振ったり、撹拌したり、チューブを押すと液体のように流れ出てきますので液体のようですね。同じようなものにヨーグルト、マヨネーズ、ジャム、ジェリーなどもあります。しかし、よく似ていても豆腐は振っても流れません。
液体と固体の違いはなんでしょうか。液体は傾けると流れますが、固体は傾けても流れません。
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固体
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液体
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豆腐やこんにゃくに力を加えると形が変わり変形しますが、力を抜くと元の状態に戻ります。このようなものは弾性体(Elastic)という固体です。
一方、力を加えると変形するが、力を抜いても元には戻らず変形したままのものがあります。少し堅めのヨーグルトや粘土細工の粘土などです。これを粘性体(Viscous
or Plastic)といいます。水などの液体も一種の粘性体で、こぼれた水は元には戻りません。
ペットボトルなどのプラスチックは固体の弾性体ですが、ある温度まで加熱すると粘性体になるので瓶の形に成形することができ、プラスチック(塑性,
Plastic)と言われているのです。
流れる液体にもいろいろあり、水のようにさらさらのもの、ミルクのようなもの、蜂蜜のようにどろーっとしたものがあります。これを表すのを粘度といいます。水は粘度が低く、蜂蜜は粘度が高いのです。
では、流れるとはどういうことでしょうか?コップに水を入れて見てみても、水は動いていません(実際は分子のレベルでは熱運動をしていますが、人間の目には見えません)。コップを傾けると水は流れ出ますが、水の分子が地球の重力により動いたのです。流れ出るとき、水の分子は小さいので、バラバラになって流れるので、粘度は低いのです。水の分子は水素結合で結びついていますが、その力は弱くて重力には逆らえません。蜂蜜に含まれるのは果糖(fructose)とブドウ糖(glucose)ですが、長くつながったもの(多糖類)も含まれるので、それらが絡まって流れるので、ゆっくりと流れ、粘度が高いのです。粘度は分子間のつながり(相互作用)と関係があるのです。豆腐はにがりの金属イオンで結びついているので、分子が動いても流れることは無く、元に戻ります。
さて、液体が流れるときには力が加わるのですが、流れと力の関係を取り扱うのがレオロジー(Rheology)です。2枚の板の間に液体を入れ、下の板は固定して上の板を動かして、加えた力と液体の動きの関係を見ます。縦軸に加えた力を、横軸に変形の程度をプロットすると、図のようになります。
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液体の加えた力と変形の実験
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加えた力と変形の関係
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理想的な固体は力を加えても変形しません。しかし、実際は固体でも力を加えると変形します。
理想的な液体は力を加えなくても流れる(変形)のですが、実際は液体分子は結びついているので、粘度があります。水の場合には、力を加えると変形(流れる)しますが、力と変形は比例関係にある液体です。これをニュートン流動(Newtonian
Flow)といいます。
プラスチック(塑性変形、Plastic)は力を加えると液体になり、ニュートン流動により変形しますが、直ぐに流れるわけではなく、一定の力以上から流れが始まります。
直線関係にないものは非ニュートン流動です。力を加えている時間により流れる速さ(粘度)が変わるものがあります。最初は固体のようですが、力を加えていくとどんどん液体のようになり、力を抜くとまた固体のようになるのを、チキソトロピー(Thixotropy)といいます。加える力とは撹拌、振とう、ポンプなどです。チキソトロピーは可逆的なものが多く、力をかけずにそっとしておくと、元のどろどろの固体状態になります。トマトケチャップはチキソトロピーなのです。これは、ペンキやインクなどでは重要なのです。ペンキを刷毛で塗るときは軟らかい液体で、塗った後は硬い固体になれば、良いペンキですね。また、見た目は硬そうですが、人が入って動くと軟らかくなりどんどん沈んでしまう底なし沼(Quicksand)もチキソトロピーです。底なし沼に入ったら、歩かずに泳いで脱出しましょう。地震があると海岸近くでは土地の液状現象が起こりますが、これもチキソトロピーです。
反対に、最初は液体ですが、力を加えるとだんだん硬くなって固体のようになり、力を抜くと元の液体に戻るものもあり、これがダイラタンシー(Dilatancy)です。片栗粉に水を入れるとダイラタンシーが経験できます。そっと傾けると液体のように流れるのですが、箸で撹拌すると硬くなります。石川県の能登半島の南西側にある砂浜は千里浜です。普通の砂浜では自動車で走るとタイヤがめり込みますが、千里浜は自動車で走ることができるのです。自動車の力で砂浜が硬くなるダイラタンシーです。砂を踏み固めているいるわけではありません。砂の粒子が
小さいからですが、その理由は後で述べます。千里浜に行ったら、コップに砂を取り水を浸してゆっくり傾けて流れるか試してください。
(http://www.city.hakui.ishikawa.jp/topjp/kanko/site-seeing/chirihama.htm)
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千里浜の砂浜(石川県羽咋市)
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チキソトロピーとダイラタンシーの実験は家庭でもできます。
チキソトロピーの実験:コップにケチャップを入れ、台の上に置いて、その下に鏡を置きます。ケチャップの3cmぐらい上からパチンコの玉を落とします。玉が沈んで底に行く速度を測ります(底に着くと鏡で見えます)。今度は、ケチャップを1分ぐらい撹拌して、パチンコ玉を落とし、底に着く時間を測ります。撹拌して速くなれば、チキソトロピーです。
ダイラタンシーの実験:コップにコーンスターチ(とうもろこしのデンプン)か片栗粉(ジャガイモのデンプン)を入れて、割り箸で攪拌しながら水をゆっくりと加えると、硬くなって撹拌できないようになります。それを他のコップに注ぐと、ゆっくりですが注ぐことができます。でも、これを撹拌すると、硬くてできません。手のひらに少し注ぎ、それをスプーンで叩いても、飛び散りません。
底なし沼と普通の沼の違い(チキソトロピー)、千里浜と普通の砂浜の違い(ダイラタンシー)は、砂(土)の粒子の形と大きさが関係します。粒子が大きいと表面は無視できるのですが、粒子が小さく1μmぐらいになると粒子の表面の力が無視できなくなるのです。粒子の大きさが0.1μmぐらいになると、光の波長よりも小さいので人間の目には見えなくなります。このような粒子をコロイド(Colloid)と言い、ミルクのところで出てきました。
大きな粒子を水に入れると、その重さのために下に沈んでしまいますが、小さな0.1μmのコロイド粒子は水の中に分散して浮遊して動き回っています(ブラウン運動,
Brown motion)。これは、水分子はその熱運動で動き回っていますので、コロイド粒子が水分子に衝突されて動いているためです。粒子の表面は電荷を帯びていて静電反発するので、粒子がひっつくことはありません。
さて、トマトケチャップがどうしてチキソトロピーを示すのでしょうか?まず、トマトケチャップの作り方を見てみます。
材料:熟したトマト6kg、玉ねぎ(150g)、にんにく(20g )、 砂糖(75g)、酢(40cc)、塩(35g)、香辛料(唐辛子、胡椒など)。
作り方:(1)トマトを切って、強火で10分煮て、裏ごしする。(2)裏ごしした汁を半分になるまで煮詰める。(3)ニンニク、タマネギの摺りおろしと、砂糖、塩、香辛料を加えて、3分の2まで煮詰める。(4)酢を加えて、煮立ててできあがりです。
ここで重要なのは、材料の砂糖と酢と、煮ることです。ジャムの作り方もよく似ていますが、砂糖は材料のイチゴなどと同量加え、レモン汁などを加えます。
リンゴやイチゴなどの果物やトマトには、ペクチン(pectin)という炭水化物が入っています。これが、ケチャップやジャムなどを固める作用があるのです。ペクチンは植物の細胞の壁を固くする役目をしていますので、水には溶けません。しかし、よく煮ることで、ペクチンは分解して水に溶けるようになります。ペクチンはリンゴの芯やミカンの皮などに多く含まれていますので、取りだしたペクチンが売られています。イチゴはペクチンが少ないですが、うまく固まらないときは、ペクチンを買って加えましょう。
果物に含まれるペクチンは、-CO-OCH3のようにエステルになっていますので、水に溶けにくいのですが、加熱するとエステルが加水分解して-CO-OHのようになるので、水に溶けるようになります。
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ペクチン
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加水分解したペクチン
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ペクチンは加えた砂糖と水素結合でつながり、大きな網目構造となり固まるのです。ここで、加えた酢(酢酸)やレモン汁(クエン酸)などの酸が重要になります。ペクチンにはカルボン酸(-COOH)がありますが、中性では-COO-のようにイオン化していて、水素結合によるつながりができません。自分自身のマイナスイオン同士の反発があり、分子は長くなっていて結合しやすくなっていますが、相手の分子とはかえって反発するからです。そこで、-COO-を-COOHにします。Q&A
42にあるように、酸を加えればいいのです。でも、あまり酸性にすると、ペクチン分子が丸まって、網目構造になりにくいのです。そこで、pHは2.8から3.5の範囲にします。これで、トマトケチャップはゲル(Gel)になります。ゲルとは固まりで、溶けるとゾル(Sol、液体)になります。
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ケチャップの固体と液体
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豆腐も同じようにゲルになりましたが、金属イオンにより分子が結合して網目構造になりました。しかし、ペクチンでは水素結合でゲルになったので弱く、振動や撹拌などの力で壊れてしまうのです。しかし、力を抜くと元の水素結合ができて固まるのです。したがって、トマトケチャップやジャムのように水素結合などの弱い結合でつながっていると、チキソトロピーを示すわけです。
さて次はダイラタンシーですが、粒子の並び方に原因があるのです。スーパーにはリンゴやミカンが高く積まれていますが、決められた場所により多く積むような方法がとられています。すなわち、隙間が最も少ないようになっているのです。1つのリンゴの周りに、6個のリンゴを並べます。2列目はリンゴの隙間の上に並べていくのです。このようなピラミッド型の並べ方を最密充填といって、隙間が最も少ないのです。
このような球の詰め方について、1611年, 数学者、天文学者であったケプラー(Kepler)は最密充填が最も空間が少ないと推測しました(Kepler
conjecture)。この問題は400年に渡り証明されませんでしたが、1997年にミシガン大学のHalesが、コンピュータ計算で証明したことは有名です。リンゴの積み方にはこれしかないことが数学的に証明されたのです。
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リンゴの山
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1段めの2種類の並べ方、右が最密充填
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1段目のリンゴは、2種類の並べ方がありますが、右側が最密充填で、隙間が少なく、多くのリンゴを並べることができます。1個のリンゴの周りに6個のリンゴが並んでいます。2段目は、3個のリンゴに囲まれた隙間の上に並べます。このように隙間、隙間に並べていき、ピラミッド型のリンゴの山ができます。
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最密充填の山
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最密充填に上から力を加えると
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片栗粉や千里浜の砂と水を混ぜると、この最密充填の詰まり方になります。粒子と粒子の間には水があり、潤滑剤の役目をして液体のように流れます。
しかし、最密充填は上からの力には弱く、これに力を加えると粒子は移動して右側の詰め方で止まります。右側の充填では下の球からの反発があるので、この状態で止まります。すると、粒子と粒子の間には広い隙間ができるので、さきほど粒子と粒子の間にあった水が下に移動します。したがって、上の方では水のない固体のように動かなくなるのです。片栗粉にたっぷり水を入れた状態から、少しだけ水を入れた状態に変化したと考えるといいでしょう。
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